3.11 14:26

3月11日、東北地方太平洋沖地震が起きた時
わたしはいつもの通り、今日もやったるでと書類の整理を始めていたところでした。
地震かな?とわずかに感じる揺れから、
これやばくない?と同僚と顔を見合わせたその後はもう
あまりの揺れにフロアの全員が固まってへらへら笑い合うという奇妙な体験をしました。
ただひとり代表が非常口の扉を開けたりエレベーターをチェックしに走り回るのをただ呆然と見ている事しかできませんでした。
みんながそれぞれに覚悟を決めているのがわかりました。
支社に速攻電話をすると「壁に3つ大きな亀裂が入りました!」とやっぱり笑いを含んで話すのでした。
非常階段を7階からひいひい言いながら駆け下りて外に出て、誰かが「あれ」と指差す方向を見上げると
建設中の高層ビルのてっぺんに乗っかった赤いクレーンがぶらんぶらんと今にも先が折れて落ちてきそうなほど荒ぶっている様子を見て言葉を失いました。

「こわいよ」と言いながらもきっちり帰り支度をして避難していたのと
一度フロアに戻って速攻取引先に一斉連絡をしてその日の仕事をきちんと片付けて退社したあたり、日頃の習慣付けの賜物だなと今になって思います。

そのあとはテレビやtwitter、mixiなどに釘付け。

あの日から10日が経とうとしています。
twitterやmixiでは様々な注意喚起や弱者をダシにしたデマ、チャリティー企画の数々など分別し難いほど大量の情報が入ってきます。
テレビの電源を入れれば現場の惨状、被災者の方の悲痛な声
その間も続く余震、原発への不安など
少し感覚がおかしくなってきて、気持ち的に何も出来なくなってしまっています。

被災した方のために何かしたい、何かできることはないか
というステップの前に
どうして私が選ばれなかったのか、代わりになれなかったのか
と申し訳ない気持ちで一向に前に進めないでいます。
なんて不謹慎なやつだ、現場で苦しんでいる人の前で同じ事が言えるのかと言われれば閉口するしか無いのですが
これが本当の気持ちです。

チャリティーイベントなどたくさん開催されているようですが、ストレスで人前に出れる見た目ではないし、何より人と関わり合うのがなんだか怖いです。
そのコミュニティーに私は相応しくない。笑い合う資格なんて無い。
 私の勤務先は常にチャリティー活動をしていて、
震災からすぐ後に、今回もそろそろ義援金を集める頃かと問い合わせると
「それよりも、現地に家族とか大事な人はいない?受け入れ体勢整えるから。寄付はそのあと。」
と言われ、額に水をかけられたような気分になりました。
寄付金寄付金とそればかり頭に刷り込まれた状態でいた自分を恥じ
先に自分を立て直さないといけないと気づかされました。

目の前にある仕事や依頼された作業が沢山あることが私にとって何よりの救いです。
このブログも、嬉しいことに見てくれている方が沢山いらっしゃるようなので
今まで通り頻度ゆるく更新していこうと思います。



被災地の方の苦しみが少しでも早く良くなりますように。
ひとりでも多くの方が助かりますように。
不安な気持ちが和らぎますように。
心からお祈りします。

私ももっと強くなれるように努力します。
どうか、ご加護を。

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